top of page

僕はまた夏を無駄にしたんだ


『(Song For Walking) Out Of The Woods/ラブリーサマーちゃん』の歌詞にある一節。

初めて聞いた時、頭の奥、核の真横を、キュイーンと刺されたような衝撃を受けた記憶がある。


吉祥寺、春から夏にかかる心地よい暖かさの中、スーパーまでの散歩道にいた。



夏に対する異常なほどの執着。

昔、そこまで仲良くない(と今になっては思いたい)人に、


「君は夏が好きな自分が好きなんだ。そうあるために、選択を続けてきただけだ。

夏好きを演じているから、夏が好きなんだ。」


そう言われたことがある。

なんて意地悪なんだろうと思った。

人が好きだというものに、なぜわざわざいちゃもんをつけるんだと思った。



けど、多分、その時

私は言い返すことができなかったと思う。




自分でもわかっている”夏”に対する過度な期待。


いつから?どうして?

もう、そんなものは考えても意味がないほど、昔から

自分は夏が好きな人種だと思い込んでいた。


私はなぜケーキが好きなのだ?と疑ったことがないように。

それくらい当たり前に、私は夏が好きな人間で、あった。


夏が来る前の生い茂った町の緑が好き。

1日の時間が長く感じるのが好き。

蕎麦やそうめんなど、普段では食べたいと思わないものが食べたくなるのが好き。

瞼にのせたアイシャドウがいつもよりもキラキラ見えるのが好き。

夏の夜が好き。晴れることを心から願ってしまう。

少し恥ずかしいけれど、じんわりと汗ばんだ身体が風に冷やされた時

ふんわりとかおる香水の柔らかさが好き。


こうやってあげてみるとキリがないような感じがするから、やっぱり夏が好きなんだとは思う。


たとえ、いつかの私が、「私は夏が好きだ」という呪文をかけたのだとしてもね。



それで、私はやっぱり夏が好きだから

期待して妄想して頭の中で100点満点の夏を作り上げてしまう。


完璧な夏を、夏がくる前に見てしまう。


それで、

仕事や人間関係や自己嫌悪など、

生きていく上での様々な鬱憤にやられて

夏をおざなりにしする瞬間を重ねて

自分が望んでいる夏を迎えてあげられないのが結末。


好きな夏を好き通せないまま時間だけがすぎ、

夏のおわりを想像してとてつもなく死にたくなってしまう時、

すでに夏を無駄にしていて、また。


そんな夏に対する、ある意味の絶望を抱えた私に刺さった


『僕はまた夏を無駄にしたんだ』


ずっと忘れない、大好きで大嫌いな言葉になった。





夏が来る。

楽しみと同じくらいの大きさで恐怖を抱えている。


私は夏が嫌いなのかもしれない。




コメント


  • Facebook
  • Twitter
  • LinkedIn

©2024 by 猫天使。Wix.com で作成されました。

bottom of page