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活字中毒

  • 執筆者の写真: pleiade5
    pleiade5
  • 2024年3月9日
  • 読了時間: 4分

3/2 岡本太郎に訊け!(岡本太郎)

分度器となる


3/3 告白(町田康)

鏡、自分について知る、あなたについて知る、思弁、頭と心と身体の整合性、心の中の矛盾


3/7 女のいない男たち(村上春樹)

この中で描かれている女性たちの美しさを学びたい、どこまでいっても男女、恋愛関係


読もう、本を

読め、本を

頭が破裂するほどの活字で世界を埋めよ

全てに影響され

他人の思考に支配されながら

吐き出しそうになりながら

この残酷を生きて行こう


3/16 生きてるだけで、愛(本谷有希子)

何に執着し何を見逃して何に怯えているのか

超破滅的人格


3/16 塩狩峠(三浦綾子)

愛や犠牲、信仰

常に自分をいろんな角度から見ると共に

どの自分も見とめ受け入れること

キリスト教の視点、自我、仏教、経験など

美しい表現が多かった


3/21 画面の告白(三島由紀夫)

他人と同じくありたい自分と他人と全く相違でありたい自分の葛藤を以っての演技

性と美に取り憑かれ、人生のラストシーンを、幼きから描いていた“羨望“のシナリオ通りに演じきった(割腹自殺)

自己欺瞞の理解

三島由紀夫の、美しい語彙力、表現、風景が鮮やかに、時に現実よりも美しく想像できてしまう語彙力への感動

さらに心に残ったのは中村文則の三島由紀夫への訴えかけ、ファンとしての、否定


3/27 罪と罰(ドストエフスキー)

難しすぎる、上で挫折、今の私にはまだ早い


4/15 地下室の手記(ドストエフスキー)

過剰な自意識、自分を客観視し、理解したようでいて、全てを理解できてない姿

自己理解と他人評価の差異

感情移入し共感できる部分がありながらも、どこか否定的に捉えたい私の卑怯さを感じた


4/26 手紙(東野圭吾)

問題に答えを見つけるのは、弱いものする事

自分を社会から断ち切るとき周りの人を社会から断ち切ることにもなるという覚悟

ー失望に似たものを感じたことは言わない


5/2 少女地獄(夢野久作)

夢野久作の、幻想に対する語彙の豊富さと表現の美しさを学ぶ

圧倒的不足感、笑え、私らのセンチの安価を


5/14 何もかも憂鬱な夜に(中村文則)

読んだ、読めたと言ったほうがいいかもしれない。酷く苦しいような気持ちである。

「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」どこか重圧な明るさが、作品から得る鬱に光を当て、最高の美学とさせている。

真下のノートにある

「何かになりたい、何かになれば、自分は生きていける。」に共鳴しまた自我を見つめる。

主人公の

「人間と、その人間の命は、別のように思うから。」に自意識という魂の部分と社会を生きる人間としての分離について考える。

読み返さなければならない気がする。

生をしながら自分の核と離れて見失うことが生きることであっていいのかと思った。

私の限られた知見で芸術を評価するな、

芸術から与えられるものでその知見を広げろ

自殺と犯罪は世界に負けることだから

主人公の恩師の言葉の頭あつみ

ー自然や色に対する表現があまりにも美しく、その美しさが痛みとなって読み手に刺さった

又吉の素直な評価がこの作品をさらに柔らかくしている



5/20 命売ります(三島由紀夫)

生きることを諦めて生きること

死への近道を選んだところで、そこは、より濃厚な生の道に過ぎないということ

不確定な事柄こそ1番恐ろしい

だからこそ弱い人間は逃げるように答えを適当に出してしまう

しかし不確定な事柄に怯えている時こそ

人は強くなり、生きていくということ



5/28 潮騒(三島由紀夫)

美しかった、けど感情的になるものではなかった

言葉が浮かび映像になる、三島由紀夫の表現にはそんな力があると思った

ただ、それが美しすぎる故私の心に寄り付かず

夢中になれたかと言ったらそうではない

仮面の告白での衝撃を期待してしまったからだろうか



6/17 土の中の子供(中村文則)

「腕を引きずられるように生きている」

生きていることに対する漠然とした疑問を与えられる

ずっと苦しいと感じる、生きている限り苦しいと

本当の自分との一致を求めていて、共感でもあり恐怖でもある

ー絶望できないことが、あるいは、本当の絶望かもしれない


7/10 異邦人(カミュ)





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